バブル期に両親と一緒に始めた小料理屋は、時代の流れもあって結構儲け、開店資金に借りた借金を全て返しただけじゃなく、マンション1部屋と、借地だけど一戸建てのマイホームまで持てた。
しかし景気がいいのはいつまでも続くわけではなく、それまでのお客さんも高齢化して客足が減ってきたことから、小料理屋は両親の趣味程度に営業を続けることとして、私は賃貸に出していたマンションを売却して、高架下の変形した土地を購入した。そこにちょっとしたカフェみたいなものを作りたいと思ったのだ。1階は厨房と店舗だが、二階には洋室とロフトを作ることにした。場合によってはここは、将来娘が済むことになるかもしれないと考えたからだ。だから二階にはバスルームも作り、今日はその細かい仕様を決める日だ。
建築は地元の親子の大工さんにお願いしていて、詳細を相談するのはいつも若い息子の方。職人気質のお父さんより話しやすく、フットワークも軽い男なのでそれなりに信頼している。でも「お風呂の窓は曇りガラス一択ですよね」と言われたので、少し心配になってしまった。風呂の窓の外はすぐ高架の一部で、人の視線なんてない。曇りガラスにする意味なんてないし、そもそもその窓は換気の役目しかない。せめてそこに強化ガラスとか防音ガラスを入れるのならわかるのだが、曇りガラスを入れるなんて、必要ないと思ったからだ。
ところがよく聞いてみると、視界のよくない窓ガラスに曇りガラスを入れることはよくあることだという。確かに部屋の窓から見える景色が壁や高架の一部だったら、見たくもない景色と言えるだろう。そのためこの物件のお風呂の窓ガラスには、曇りガラスしか考えられないとアドバイスしてくれたのだ。さすがはプロの大工さん。素直に彼のアドバイスを受け入れ、そこには曇りガラスを入れることにした。